二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


第二十九章【ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授】




prâcînabarhir uvâca
bhagavams te vaco 'smâbhir
na samyag avagamyate
kavayas tad vijânanti
na vayam karma-mohitâh
29-1





プラーチーナバリ 述べしなり
〈おお神仙よ 御身様おみさまの 尊き真理 教えんと
言葉尽くして語られる その御慈愛を感謝せど
全く理解出来ぬなり 世の賢人や聖者たち
優れし人であるならば 知覚出来得る事柄ことがら
世俗に生きる吾等には 他境の如き物語〉





nârada uvâca
purusam puranjanam vidyâd
yad vyanakty âtmanah puram
e ka-dvi-tri-catus-pâdam
bahu-pâdam apâdakam
29-2





ナーラダ仙は述べられり
〈プランジャナなる国王は 主の分魂と知るべけれ
霊魂(ジーヴァ)故に 肉体の 器 用いて人となる
一本足であろうとも 二本 はたまた三本か
四本或いは多数でも しくは無足むそく 選んでも
それは個魂(ジーヴァ)の自由意志






yo 'vijnâtâhrtas tasya
purusasya sakhesvarah
yan na vijnâyate pumbhir
nâmabhir vâ kriyâ-gunaih
29-3










422

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授

  

愚かな行為 繰り返し 地獄に落ちしプランジャナ
その迷妄を打ち破り 彼の本質 知らしめし
親友こそは御主なり 原主(主体)の故に同質の
親しき友であろうとも 肉体を着た人間(分魂)
その御方の名や事績 理解出来ぬは当たり前







yadâ jighrksan purusah
kârtsnyena prakrter gunân
nava-dvâram dvi-hastânghri
tatrâmanuta sâdhv iti
29-4




主から分魂した個我が プラクリティの持つグナの
その属性に興味持ち <楽しまん>との意思持てば
タマスグナより造られし 九つの門 二つの手
二本の足持つ肉体を 器となして〔人〕となり
ラジョグナにより行動し 五官楽しむ道 選ぶ







buddhim tu pramadâm vidyân
mamâham iti yat-krtam
yâm adhisthâya dehe 'smin
pumân bhunkte 'ksabhir gunân
29-5




(肉体)が物”と思わせる 若く美麗な早乙女さおとめ
グナで造らる肉体の 感覚器官 刺激して
神の分かれのジーヴァこそ 吾が本質であることを
忘却させて分魂を 無明の闇に誘い込む









423

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



sakhâya indriya-ganâ
jnânam karma ca yat-krtam
sakhyas tad-vrttayah prânah
panca-vrttir yathoragah
29-6




彼女の従者 男等おとこらを その愛人の女性等は
智慧や行為で籠絡ろうらくし 感覚機能支配する
五匹の蛇はプラーナ(気息)の 五つの行為表せり







brhad-balam mano vidyâd
ubhayendriya-nâyakam
pancâlâh panca visayâ
yan-madhye nava-kham puram
29-7




サットヴァグナで造られし マナス(心)は正義強きゆえ
感覚 行為 両方の 器官を指揮しつかさど
若き乙女の支配する パンチャーラなる王国は
感覚器官刺激する 対象物で出来ており
その中央に九つの 門口かどぐちを持つ都なり







aksinî nâsike karnau
mukham sisna-gudâv iti
dve dve dvârau bahir yâti
yas tad-indriya-samyutah
29-8




二つの鼻孔びこう 二つの眼 性器 肛門 ついの耳
斯くのごとくに一対いっついを 為せる八個と口一つ
斯くの如くに九つの 虚穴きょけつに宿るインドリヤ
それらを連れてプランジャナ 九個の門を抜けだせり








424

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



aksinî nâsike âsyam
iti panca purah krtâh
daksinâ daksinah karna
uttarâ cottarah smrtah
pascime ity adho dvârau
gudam sisnam ihocyate
29-9







二つの鼻孔びこう 二つの眼 そして口なるこの五個は
東方に向け建てられし 城の正面飾りたり
南の門は右の耳 北向く門は左耳
下に向かいし西門せいもんは 肛門そして生殖器
斯くの如くに言われたり





khadyotâvirmukhî câtra
netre ekatra nirmite
rûpam vibhrâjitam tâbhyâm
vicaste caksusesvarah
29-10




カデヨーター(左眼)とアーヴィルムキー(右眼)
東を向きて隣接す 二つの門をくぐり抜け
プランジャナ等はその眼にて ヴィブラージタと呼ばれたる
きらめく光 知覚せり






nalinî nâlinî nâse
gandhah saurabha ucyate
ghrâno 'vadhûto mukhyâsyam
vipano vâg rasavid rasah
29-11




名はナリニーとナーリニー この二つある門口かどぐち
二つの鼻孔 表現し サウラバという 芳香が
その嗅覚を刺激せり 俗世の汚染 遮断した
卓越したる支配者の 巧みな口説くぜつ そしてまた
良き味をる口こそが 味覚の務め 果たすなり







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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



âpano vyavahâro 'tra
citram andho bahûdanam
pitrhûr daksinah kama
uttaro devahûh smrtah
29-12




アーパナの地にい茂る ソーマ草とか薬草や
その他の種々な食べ物(バフーダナ)が 舌の機能を表現し
ピトリフーなる右耳(南門)や デーヴァフーなる左耳(北門)
記憶 伝達 つかさどる 機能を待つと言わるなり






pravrttam ca nivrttam ca
sâstram pancâla-samjnitam
pitr-yânam deva-yânam
srotrâc chruta-dharâd vrajet
29-13




行為によりて往く過程 放棄によりて往く過程
聖典により示されし この両極の行程を
パンチャーラから指図され 辿たどる者等の行く先は
ピトリローカに行き着くか はたまた神の領域か
いつにかかりてその成果 良き聴聞と記憶力
耳の効果に依れるなり






âsurî medhram arvâg-dvâr
vyavâyo grâminâm ratih
upastho durmadah prokto
nirrtir guda ucyate
29-14




アースリーなる門口かどぐちは 男性の持つ生殖器
情事の支配 表現す グラーミンなる門口は
性の喜び表して ドゥルマダなる門口は
女性器なりと伝えられ ニルリティなる門口は
肛門なりと伝えらる






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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



vaisasam narakam pâyur
lubdhako 'ndhau tu me srnu
hasta-pâdau pumâms tâbhyâm
yukto yâti karoti ca
29-15




ヴァイシャサという冥界めいかい
直腸にある感覚で 排便作用 司る
貪欲とんよくにして蒙昧もうまいな 真理にくらき者等でも
内に宿れる分魂(ジーヴァ)の 希求に依りて真の理を
聴きて行為を為すならば 魂魄こんぱく(霊魂と肉体)いつに合体し
両の手足(行為器官)と感覚を 見事に制御 出来るなり





antah-puram ca hrdayam
visûcir mana ucyate
tatra moham prasâdam vâ
harsam prâpnoti tad-gunaih
29-16




この城塞じょうさいの内にある 王の住居の宮殿は
“清き心”と呼ばるなり 三つのグナで造られし
肉の身体からだを器とし 個我は五官を使い分け
戦慄 歓喜 誤謬など 悲喜交々こもごもに経験し
やがて至純に至るなり





yathâ yathâ vikriyate
gunâkto vikaroti vâ
tathâ tathopadrastâtmâ
tad-vrttîr anukâryate
29-17




人の身体のフリダヤに 常にします至上主の
分魂であり同質の 個魂(ジーヴァ)であるに 時として
五官に溺れ 時として 生計のため欲に落ち
御名おんなけがはずかしめ 無明の闇に閉ざされる







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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



deho rathas tv indriyâsvah
samvatsara-rayo 'gatih
dvi-karma-cakras tri-guna-
dhvajah pancâsu-bandhurah
 
mano-rasmir buddhi-sûto
hrn-nîdo dvandva-kûbarah
pancendriyârtha-praksepah
sapta-dhâtu-varûthakah
 
âkûtir vikramo bâhyo
mrga-trsnâm pradhâvati
ekâdasendriya-camûh
panca-sûnâ-vinoda-krt
29-18・19・20



















二輪戦車を曳く馬は 勝手気儘なインドリヤ(肉体)
年の流れは迅速で とどむることは出来得なく
二つの車輪 回転し 善と悪との行為する
三本立ちし旗竿はたざおは 三つのグナを象徴し
五本の綱は気息にて プラーナと呼ぶもといなり

馬の手綱たづなはマナス(心)にて その手綱取る指揮官の
心の奥のフリダヤに 英知 識別(主の本質)するなり
ながえの先に結びたる くびきは二元 つなぐしょう
五個の兵器を置く台は 五官をそそる対象で
七つのほろは肉体の 七つの要素表せり

馬の動きは五種類の 行為器官が向う先
泡沫うたかたのごと現世うつつよの はかなき動き表せり
インドリヤなる十器官(感覚5+行為5) そしてマナスのいち連れて
屠殺とさつによりてさ晴らし 感官満たす 行為して
喜悦を得たる者達の 不道徳なる物語
比喩して語り 聞かすなり














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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授

  

samvatsaras candavegah
kâlo yenopalaksitah
tasyâhânîha gandharvâ
gandharvyo râtrayah smrtâh
haranty âyuh parikrântyâ
sasty-uttara-sata-trayam
29-21







チャンダヴェーガと呼ばる王 時を重ねてし〔年〕の
象徴なりと言わるなり 彼の家来のガンダルヴァ
男女合わせて三百と 六十人の者達は
夜ごとに人の寿命る 目的のため旅をする






kâla-kanyâ jarâ sâksâl
lokas tâm nâbhinandati
svasâram jagrhe mrtyuh
ksayâya yavanesvarah
29-22




世界全てに否定され として老いし〔時の〕を
妹として受け入れし 死の神であるヤヴァナ王
世界滅亡たくらみて 共に各地を巡りたり







âdhayo vyâdhayas tasya
sainikâ yavanâs carâh
bhûtopasargâsu-rayah
prajvâro dvi-vidho jvarah
 
evam bahu-vidhair duhkhair
daiva-bhûtâtma-sambhavaih
klisyamânah satam varsam
dehe dehî tamo-vrtah
 
prânendriya-mano-dharmân
âtmany adhyasya nirgunah
sete kâma-lavân dhyâyan
mamâham iti karma-krt
29-23・24・25



















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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


彼の兵士やヤヴァナ軍 心に障礙しょうげもつ者や
身体にやまい ある者を 密使みっしを使い 探り出し
プラジュヴァーラなる王兄おうけいに 詳しく報告なせるなり
彼はそれらに二種類の 高熱出させ 苦しめる

斯くの如くに異なりし 多種な苦痛や困難は
神意に依れるものもあり 他の生物の攻撃や
己れ自身の肉体や 心が為せることもあり
世俗の欲に捉われし 個我は無明に閉ざされて
百年の余を生きるなり

個我は本来無属性(主の本質=個我の本質) グナの支配と無縁なり
しかれども(肉体)われ(個我)なりと 謬見びゅうけん持ちしことにより
気息 感官 マナスなど 被造されたる肉体を
(個我)と思いて執着し 泡沫うたかたのごと感覚の
喜悦を求め 堕落して 多種な苦痛にさいなまる






yadâtmânam avijnâya
bhagavantam param gurum
purusas tu visajjeta
gunesu prakrteh sva-drk
  gunâbhimânî sa tadâ
karmâni kurute 'vasah
suklam krsnam lohitam vâ
yathâ-karmâbhijâyate
29-26・27










個我は本来最高我 しかるに無知に閉ざさると
最高我にて根源主 本源である至上主を
あがむることを忘却す しかして個我は堕落して
プラクリティが転化せし グナの支配を受けるなり
個我はその後の行動を 三つのグナに支配され
(サットヴァ)(ラジャス)(タマス)の様式で
行為なしたる成果にて 輪廻転生定めらる






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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



suklât prakâsa-bhûisthâl
lokân âpnoti karhicit
duhkhodarkân kriyâyâsâms
tamah-sokotkatân kvacit
29-28




個我がこの世で徳積みて その光沢こうたく(サットヴァの)で満ちるなば
この三界の光輝ある 界に誕生いたすなり
時に激しく行為して 困難招く激情家
はたまた無明の闇にあり 悲歎 苦痛にあえぐ人
ラジャス タマスに支配さる 者等は成果 相応の
嘆きの界に誕生す






kvacit pumân kvacic ca strî
kvacin nobhayam andha-dhîh
devo manusyas tiryag vâ
yathâ-karma-gunam bhavah
29-29




その誕生は時により 男性としてそしてまた
女性としての生をうけ 時には性の区別なく
闇冥あんみょうの智を体得し 時には神や人間や
けもの 家畜や鳥などに 為せし行為の成果にて
多様な界に誕生す







ksut-parîo yathâ dîah
sârameyo grham grham
caran vindati yad-distam
dandam odanam eva vâ
 
tathâ kâmâsayo jîva
uccâvaca-pathâ bhraman
upary adho vâ madhye vâ
yâti distam priyâpriyam
29-30・31















431

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


飢餓に苦しむ貧民ひんみんは 家々めぐり彷徨さまよいて
食や仕事を求むごと 飢えたる犬も家々の
厨房ちゅうぼうにある食 盗み 棒で追われて逃げまどう
斯くの如くに衣食住 運命さだめによりて 与えらる
御主みすの分かれのジーヴァ(個我・個魂)
今生による生き方で 次の世界が定めらる
運命さだめによりてそれぞれに 高き世界(神界)や 低き界(地獄)
その真中の界(地上)に生き 広さ 狭さや大と小
種々の小道や往還道おうかんどう 愉快 不愉快 幸 不幸
与えられたる香菓かくなわの 成果(結果)の定め 踏みしめる





duhkhesv ekatarenâpi
daiva-bhûtâtma-hetusu
jîvasya na vyavacchedah
syâc cet tat-tat-pratikriyâ
29-32




苦痛 悲歎や困難は 三つの因が引き起こす
神の御意思によるものや 他の被造物ぞうぶつによるものや
おのれ自身の身や心 これらが起因となりしなり
されどもこれら三重苦 個我に逃れる手立て無し
解決したかに思えても それは仮想にすぎぬなり





yathâ hi puruso bhâram
sirasâ gurum udvahan
tam skandhena sa âdhatte
tathâ sarvâh pratikriyâh
29-33




何故かとならばその故は 頭に載せしその荷物
人が重荷に堪えかねて 肩に置場を換えたとて
身体からだにかかる重力は 少しの変化無き如く
苦難苦痛は姿換え 絶えずジーヴァをおびやかす







432

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



naikântatah pratîkârah
karmanâm karma kevalam
dvayam hy avidyopasrtam
svapne svapna ivânagha
29-34




眠りの中で見る夢は 例え殺人 犯しても
夢が覚めれば消滅す 同じく無知な幻想(思い込み)
泡沫うたかたのごと消ゆるのみ ジーヴァが背負う三重の
苦難苦痛は分魂(ジーヴァ)が 犯せし過去の罪ゆえに
与えられたる苦行して 神の摂理をよく解し
修行 贖罪しょくざい 励行れいこうし 御主みすとすべきなり






arthe hy avidyamâne 'pi
samsrtir na nivartate
manasâ linga-rûpena
svapne vicarato yathâ
29-35




心の中にあるかたち 夢の姿で代行し
存在しない現象を 在るかの如く見る者は
輪廻の鎖 断ち切れず 転生てんしょうの旅 続くらん







athâtmano 'rtha-bhûtasya
yato 'nartha-paramparâ
samsrtis tad-vyavacchedo
bhaktyâ paramayâ gurau
 
vâsudeve bhagavati
bhakti-yogah samâhitah
sadhrîcînena vairâgyam
jnânam ca janayisyati
29-36・37

















433

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


最高神の本質を 分与されたるジーヴァが
不本意ながら付着した 俗世の穢れ 剥がすには
物質界を厭離えんりして 根本原主クリシュナに
献身奉仕尽くすこと これにまされるすべはなし

ヴァースデーヴァ クリシュナに 心をいつに専注し
帰依献身を捧ぐなば 心の穢れ 浄化され
世俗にかる欲望が 何時いつしか消えて 純粋な
神の境地に至るらん







so 'cirâd eva râjarse
syâd acyuta-kathâsrayah
srnvatah sraddadhânasya
nityadâ syâd adhîyatah
29-38




プラーチーナバリ大王よ 斯くの如くに至高者の
物語などよく聴きて 主に傾注し とし
神の真理を知覚した 信義に厚き先達せんだつ
教えを学び体得し 御主みすへの帰依を深めれば
帰依者が常に希求する 常世とこよさとも遠からじ






yatra bhâgavatâ râjan
sâdhavo visâdâsayâh
bhagavad-gunânukathana-
sravana-vyagra-cetasah
 
tasmin mahan-mukharitâ madhubhic-caritra-
pîyûsa-sesa-saritah paritah sravanti
tâ ye pibanty avitrso nrpa gâdha-kamais
tân na sprsanty asana-trd-bhaya-soka-mohâh
29-39・40

















434

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


偉大な帰依者 おお王よ 有徳の者や純粋な
心の広き人達が つどいて御主みすの本質を
研鑽けんさんかさね 学び合い 或いは御名みなを朗誦し
共に語るを喜びて 論議に花が咲くという

すぐれし学者 聖人が 語り合う声 触れ合いて
アムリタのごと美酒びしゅ かもし 溢れ流れて河に満ち
大洋の波 泡立たせ 遠き土地までうるおせり
その美酒のごと神譚詩 聴聞したる者たちは
飢えや渇きや恐れとか 悲哀や苦痛 迷妄に
触れることさえ無かりけり





etair upadruto nityam
jîva-lokah svabhâvajaih
na karoti harer nûnam
kathâmrta-nidau ratim
29-41




物質界のジーヴァは 自分のさがに悩まされ
自然の猛威 もろに受け 数多あまたの苦難 山積さんせき
されど彼等は一向に ハリ(クリシュナ神)の貴重な物語
その美酒うましざけ 飲まざりき





prajâpati-patih sâksâd
bhagavân giriso manuh
daksâdayah prajâdhyaksâ
naisthikâh sanakâdayah
 
marîcir atry-angirasau
pulastyah pulahah kratuh
bhrgur vasistha ity ete
mad-antâ brahma-vâdinah
 
adyâpi vâcas-patayas
tapo-vidyâ-samâdhibhih
pasyanto 'pi na pasyanti
pasyantam paramesvaram
29-42・43・44

























435

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授


万物の父ブラフマー神 山の王者のシヴァ神や
マヌやダクシャの造物主(プラジャーパティ) サナカを始め禁欲者
マリーチ アトリ アンギラス プラスティヤとかクラトゥや
プラハ ブリグやヴァシシュタ等 吾(ナーラダ仙)を含めて 神聖な
ヴェーダ教義の伝達者 これ等 話術の達人の
リシや神仙 聖人が 苦行 禁欲 智を修め
深き瞑想 称名し 一意専心 祈願せど
今に至るも主の姿 この肉の眼で 見られ無し






sabda-brahmani duspâre
caranta uru-vistare
mantra-lingair vyavacchinnam
bhajanto na viduh param
29-45




ヴェーダ文献 聖典の 世界はまこと広大で
知覚 理解は為し難く 荒海あらうみ渡る船のごと
彼方此方あちらこちら彷徨さまよいて 主の部分(インドラ達)にはまみえども
最高位なる至上主に 辿り着くには至らざり






yadâ yasyânugrhnâti
bhagavân âtma-bhâvitah
sa jahâti matim loke
vede ca parinisthitâm
29-46




ヴェーダに依れる祭式や 叡智 学びし者よりも
物質界に住みながら 全てを捨離し ひたすらに
御主想いて帰依したる 彼等を深く愛されて
主は不変なる 御慈愛で 固く抱擁なさるなり









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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



tasmât karmasu barhismann
ajnânâd artha-kâsisu
mârtha-drstim krthâh srotra-
sparsisv asprsta-vastusu
29-47




プラーチーナバリ大王よ 故にそなたは祭式を
功徳くどく戴く唯一と 思う無明を捨てられよ
篤信家とくしんかよと噂され 外見上はよそおえど
なれまことの目的は
何処どこにありや?と 問詰めん





svam lokam na vidus te vai
yatra devo janârdanah
âhur dhûmra-dhiyo vedam
sakarmakam atad-vidah
29-48




ヴェーダのずいを祭式と 話して聞かす者あれば
無知なやからと見做すべし すべての界の最高者
ヴァースデーヴァ クリシュナを 讃えて敬し崇拝し
となせることのみが まことの功徳 得る道ぞ





âstîrya darbhaih prâg-agraih
kârtsnyena ksiti-mandalam
stabdho brhad-vadhân mânî
karma nâvaisi yat param
tat karma hari-tosam yat
sâ vidyâ tan-matir yayâ
29-49







葉先を東向きにした クシャ草一面敷き詰めて
傲慢極む大王よ なれは罪なき動物を
喜びとして殺害し さも自慢げに披露ひろうせり
無知蒙昧むちもうまいな大王よ 祭祀が何か そも知らず
卓越したる至高主に 捧げる物も知らざりき








437

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



harir deha-bhrtâm âtmâ
svayam prakrtir îsvarah
tat-pâda-mûlam saranam
yatah ksemo nrnâm iha
29-50




プラクリティが具象した 宇宙卵から生じたる
被造されたる生物は 全て御主の分かれなり
故に御主の御足おみあしに 庇護を求めてとし
安全にして至福なる この世のせいを生きるなり






sa vai priyatamas câtmâ
yato na bhayam anv api
iti veda sa vai vidvân
yo vidvân sa gurur harih
29-51




まこと主こそは超越我 最もすぐるお方なり
御主みすに拠り処を見つければ 如何なる恐れ 心配も
全ては露と消え失せる 斯かる真理を知覚した
尊き御主みすの帰依者こそ まことのリシと言うべけれ〉






nârada uvâca
prasna evam hi sanchinno
bhavatah purusarsabha
atra me vadato guhyam
nisâmaya suniscitam
29-52






ナーラダ仙は述べられり
〈おお偉大なる大王よ は斯くのごと 詳細に
そなたのといに答えたり 吾が今から話すのは
五官に溺れ泡沫うたかたの 俗世に生きる者たちに
秘そかに刻む〔時〕の音 快楽けらくの影にひそむ〔敵〕
未来を決める〔チッタ(記憶)〕の理
無知なる者へ警鐘けいしょうを 鳴らす御主のいつくしみ





438

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



ksudram caram sumanasâm sarane mithitvâ
raktam sadanghri-gana-sâmasu lubdha-karnam
agre vrkân asu-trpo 'viganayya yântam
prsthe mrgam mrgaya lubdhaka-bâna-bhinnam
29-53




ある森林のなかのこと 季節も良くて美しき
花咲き乱れ香り立ち マルハナ蜂の一群いちぐん
蜜を求めて羽音立て さも楽しげに歌 唄う
何も知らずに草をむ 鹿を狙いて狼の
腹をかせし一群ひとむれが 獲物得なんとうかがえり
木陰こかげひそ狩人かりうども 鹿を狙いて矢をつがえ
つらぬかんとて機を狙う(前門の虎、後門の狼のことわざ有)





29-54

sumanah-sama-dharmanâm strînâm sarana âsrame puspa-madhu-gandhavat
ksudratamam kâmya-karma-vipâkajam kâma-sukha-lavam
jaihvyaupasthyâdi vicinvantam mithunî-bhûya tad-abhinivesita-
manasam sadanghri-gana-sâma-gîtavad atimanohara-vanitâdi-
janâlâpesv atitarâm atipralobhita-karnam agre vrka-yûthavad âtmana
âyur harato 'ho-râtrân tân kâla-lava-visesân aviganayya grhesu
viharantam prsthata eva paroksam anupravrtto lubdhakah krtânto 'ntah
sarena yam iha parâvidhyati tam imam âtmânam aho râjan bhinna-
hrdayam drastum arhasîti














プラーチーナバリ大王よ 花に等しき女性等(いつかは枯れる)
過保護の許に宮殿で 花の香りや蜂蜜はちみつ
美味に満たされ そしてまた 卑猥ひわいな行為 繰り返し
おもむくままに感覚の はかなき喜悦 得たるなり
性や味覚の楽しみを もたらす妻や女性等の
心遣いや蜜蜂みつばちの 奏でる羽音 楽しみて
識別 考慮 思慮の無き 愚者そのままのいとなみや
俗世の者と団欒だんらんし うつつを抜かす(魂が抜かれる)日々過ごし
〔時〕の過ぎるを忘れ去る
然れど〔時〕は一時いっときも とどまることを為し得ずに
〔死〕の使者連れて後を追い 猟師の如く矢で狙う







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二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



sa tvam vicaksya mrga-cestitam âtmano 'ntas
cittam niyaccha hrdi karna-dhunîm ca citte
jahy anganâsramam asattama-yûtha-gâtham
prînîhi hamsa-saranam virama kramena
29-55




前と後にいる敵に 命 狙わる鹿のごと
常に危険にさらされる 個魂を守り 生きるには
外に向かいて魅かれ行く 感覚器官 よくおさ
個我の自覚を固定させ 耳を澄ましてフリダヤに
おわ御主おんしゅの声を聴き 心にしかととめるべし
家族のおさである者は 世俗の会話 いましめて
心の依り 至上主に 常に思いを向けるなば
心は澄みて晴れ渡り いつしか俗世 抜けるらん〉








râjovâca
srutam anvîksitam brahman
bhagavân yad abhâsata
naitaj jânanty upâdhyâyâh
kim na brûyur vidur yadi
29-56





プラーチーナバリ 述べしなり
〈おお神仙よ 御身様おみさまの まこと得難き神聖な
秘奥の秘なる御説諭ごせつゆを まさに拝聴いたしたり
しかしてとくと案ずるに 吾の教師のグル達が
何故なぜにその秘をこの吾に 教授せぬかと不審なり
おもんばかるに彼達も この秘を知らず それ故に
吾の不毛を招きしと 斯くの如くに思うなり














440

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



samsayo 'tra tu me vipra
sanchinnas tat-krto mahân
rsayo 'pi hi muhyanti
yatra nendriya-vrttayah
29-57




おお偉大なる神仙よ 無知蒙昧むちもうまいなこの吾の
願い 聞き入れ 丁寧に 秘奥の秘なる神の理を
説き賜わりし ことにより 吾の懸念は消失し
聖者でさえも解き難き 感覚の持つ領域に
惑いし不覚 悔いるのみ






karmâny ârabhate yena
pumân iha vihâya tam
amutrânyena dehena
justâni sa yad asnute
29-58




個我がこの世を去る時は 肉の身体からだを脱ぎ棄てて
行為の成果 持ちしまま 来世で別の身体(肉体)着る
次なる世では持ち越しの 行為の香菓かくを 受け継ぎて
善果ぜんか 惡果の報酬を 受ける と人は 語るなり







iti veda-vidâm vâdah
srûyate tatra tatra ha
karma yat kriyate proktam
paroksam na prakâsate
29-59




斯くの如くにヴェーダ知る 賢人たちの語らいが
彼方此方あちらこちらで聞こゆなり 然れどもそを為すための
過去世の記憶 何もなく 如何にすべきか 惑うなり〉









441

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



nârada uvâca
yenaivârabhate karma
tenaivâmutra tat pumân
bhunkte hy avyavadhânena
lingena manasâ svayam
29-60





ナーラダ仙は 述べられり
〈個我の行為のそのすべて 内部器官(個我と同じく不滅)
(チッタ=記録・記憶、アハンカーラ=自我、ブッディ=知性、マナス=心)
に記録(チッタによって)され 輪廻の海を流転るてんする(個我と共に)







sayânam imam utsrjya
svasantam puruso yathâ
karmâtmany âhitam bhunkte
tâdrsenetarena vâ
29-61




眠りに落ちし人間は 呼吸はすれど現生げんせい
意識を無くし 他の界や 夢の世界に生きるなり
それと同じく過去の世の 記憶(チッタ)によりて 肉の身(同種或いは異種)
再現させてジーヴァに 再び苦楽 与えらる
その成果見て至上主は 個我の浄化を評価さる







mamaite manasâ yad yad
asâv aham iti bruvan
grhnîyât tat pumân râddham
karma yena punar bhavah
29-62




斯くの如くにジーヴァは 内部器官と共々に
輪廻の旅を転生す 如何いかな器(肉体)を持とうとも
≪そはが物で はそれ≫と 器をわれ(主体・個我)と思うなば
幾代いくよ 転生しようとも 輪廻の旅は終わらざり






442

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



yathânumîyate cittam
ubhayair indriyehitaih
evam prâg-dehajam karma
laksyate citta-vrttibhih
29-63




感覚からの要請を マナスはそれを精査して(メーダによって)
行為器官に伝達す この双方そうほうの活動を
意識(チッタ)逐次ちくじ記録する
斯くの如くに前の世で
活動したる全行為 現世の意識状態や
辿たど運命さだめを観るならば 知覚 類推出来るなり






nânubhûtam kva cânena
dehenâdrstam asrutam
kadâcid upalabhyeta
yad rûpam yâdrg âtmani
29-64




まれに吾等は一瞬に 夢や意識の隙間から
見知らぬことを知覚する(既視感・デジャブ)
人は決して知らぬこと 学ばぬことは見られない
どんな形や姿でも チッタが記憶せぬことを
見たり 聞いたり出来ぬなり






tenâsya tâdrsam râjal
lingino deha-sambhavam
sraddhatsvânanubhûto 'rtho
na manah sprastum arhati
29-65




ああそれ故に国王よ 個我の内なる微細身
内部器官に記憶され 共に輪廻の転生を
繰り返したる経験が 顕示されるということを
しかと心に銘記して その真実を認むべし






443

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



mana eva manusyasya
pûrva-rûpâni samsati
bhavisyatas ca bhadram te
tathaiva na bhavisyatah
29-66




斯くのごとくに人間の 過去の心や 行為にて
現世の運命さだめ 決まるなり そして現世の生き方が
未来の運命さだめ決めるなり 来世らいせ此処ここ(地界)で生きる人
解脱得る人 出来ぬ人 種々様々な次の世は
全ておのれが決定す 王よ御身に幸あれと 心を込めて祈るなり







adrstam asrutam câtra
kvacin manasi drsyate
yathâ tathânumantavyam
desa-kâla-kriyâsrayam
29-67




ある一瞬に ある者は 他では見えざる聞こえざる
姿や声や様相を 幻覚のごと 知覚する(ビジョン等々)
斯くの如くな不可思議は 全てを支配される主を
唯一の神と専注す 帰依する者に見せられる







sarve kramânurodhena
manasîndriya-gocarâh
âyânti bahuso yânti
sarve samanaso janâh
29-68




全ての生命いのち 持つ者の 感覚により知覚した
その一切は順序よく 内部器官(アンターカラナ)に記録され
様々な姿で現れて 瞬時にすべて 消えていく








444

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



sattvaika-nisthe manasi
bhagavat-pârsva-vartini
tamas candramasîvedam
uparajyâvabhâsate
29-69




唯一神と同質の 純粋意識 自覚せば
クリシュナ神のかたわらに 立つ従卒じゅうそつ(側近)の資格得る
月蝕げっしょくの夜のソーマ神 闇にけし?と見ゆれども
時がすぎれば闇は消え 再び月は煌々こうこう
清澄せいちょうに満ちるごと 世俗にあれど灯を見つめ
常にサットヴァを目指すべし






nâham mameti bhâvo 'yam
puruse vyavadhîyate
yâvad buddhi-mano-'ksârtha-
guna-vyûho hy anâdimân
29-70




内部器官(アンターカラナ)ひとつなる
自我意識(個別性=アハンカーラ)から 転化した
三つのグナで造られし 個我の器の肉体を
が物〕の誤謬ごびゅう捨て ダルマとアルタ カーマ得て
大悟たいご(解脱)を得たる 者(人生の四つの目的)多し






supti-mûrcchopatâpesu
prânâyana-vighâtatah
nehate 'ham iti jnânam
mrtyu-prajvârayor api
29-71




熟睡の時 そしてまた 失神したり 高熱で
意識無き時 激痛時 臨終期なるその時は
感官による活動が 一時いっとき 阻害されるため
自我の思いも休止する






445

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



garbhe bâlye 'py apauskalyâd
ekâdasa-vidham tadâ
lingam na drsyate yûnah
kuhvâm candramaso yathâ
29-72




子宮内部に宿る胎児や 幼児期に在る子供等は
十の感官 心とが いまだ 未熟であるために
月の新月 満月の 形の差異やその理由
解らぬゆえに様々な おとぎ話が語られり






arthe hy avidyamâne 'pi
samsrtir na nivartate
dhyâyato visayân asya
svapne 'narthâgamo yathâ
29-73




感覚による対象は まさに実在せざるもの
夢か うつつまぼろしか はかなき泡のごとくなり
ダルマ規範を遵守して 強欲 破壊 無節操
それら我欲を放棄して 神に帰依してあがめねば
輪廻の旅は永遠に 終わりは来ぬと 知るべけれ






evam panca-vidham lingam
tri-vrt sodasa-vistrtam
esa cetanayâ yukto
jîva ity abhidhîyate
29-74




斯くの如くに五唯ごゆい(タンマートラ・微細身)から
開展したる十と六(五大元素5+インドリヤ10+マナス1)
この造物を容器とし 結合したる個体こそ
ジーヴァ(個我・個魂・分魂)と呼ばる人間ぞ








446

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



anena puruso dehân
upâdatte vimuncati
harsam sokam bhayam duhkham
sukham cânena vindati
29-75




神の分かれ(分魂)と被造物(器) この合体の人間は
それらによりて行動し 或いは思念 妄想し
楽しみ 喜悦 そしてまた 不安 恐怖や艱難かんなん
この現世うつしよで経験す







yathâ trna jalûkeyam
nâpayâty apayâti ca
na tyajen mriyamâno 'pi
prâg-dehâbhimatim janah
 
yâvad anyam na vindeta
vyavadhânena karmanâm
mana eva manusyendra
bhûtânâm bhava-bhâvanam
29-76・77











毛虫やひるは行く先を さだめるまでは今の場所
決して足を離さない 次に行く場をきめてから
瞬時に足を離すらん

ジーヴァもまた次の世に 移行するまで[肉体は
が物]という観念を 捨て去ることが出来ぬなり

おお大王よ 斯くのごと 無知蒙昧な人間は
カルマ浄化の成果にて 次 行く界が決まるのに
臨終の時 迎えても 尚も肉体からだに執着し
輪廻転生 繰り返す












447

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



yadâksais caritân dhyâyan
karmâny âcinute 'sakrt
sati karmany avidyâyâm
bandhah karmany anâtmanah
29-78




感覚による誘惑に 負けて行為を行えば
カルマは山と積み上がる 高貴な霊と異なりて
無知に覆わるジーヴァは 行為の香菓かく(結果)に縛られて
無明の闇を流離さすらいぬ






atas tad apavâdârtham
bhaja sarvâtmanâ harim
pasyams tad-âtmakam visvam
sthity-utpatty-apyayâ yatah
29-79




この束縛を解き放ち 輪廻の鎖 絶つ方途
そは 聖ハリを崇むこと この万有ばんゆうを創造し
維持し 破壊を為さる方 全てを支配 把握して
あまねく照らす至上主を 帰命頂礼すべきなり〉」







maitreya uvâca
bhâgavata-mukhyo bhagavân
nârado hamsayor gatim
pradarsya hy amum âmantrya
siddha-lokam tato 'gamat
29-80





マイトレーヤは続けらる
「聖クリシュナの最高の 帰依者のかがみ ナーラダが
ついのハムサが意味したる 至高の御主みすとジーヴァの
深きつながり教えると プラーチーナバリ大王に
別れを告げて シッダ等の 住む階層(シッダ・ローカ)へ帰られり








448

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



prâcînabarhî râjarsih
prajâ-sargâbhiraksane
âdisya putrân agamat
tapase kapilâsramam
29-81




プラーチーナバリ王仙は くにたみの保護 息子等に
<是非に頼む>と依頼して ガンガー河畔 苦行林
カピラーシュラマ 目指したり






tatraikâgra-manâ dhîro
govinda-caranâmbujam
vimukta-sango 'nubhajan
bhaktyâ tat-sâmyatâm agât
29-82




苦行に励む王仙は 執着すべて放擲ほうてき
クリシュナ神の御足おみあしに 心をいつに専注し
ひたすら御主みすを崇拝し 献身奉仕 尽くしたり
しかりし後に王仙は 御主みすと等しき 姿得る







etad adhyâtma-pâroksyam
gîtam devarsinânagha
yah srâvayed yah srnuyât
sa lingena vimucyate
29-83




おお清純なヴィドゥラよ ナーラダ仙が語られし
この神聖な物語 聴聞したる者たちは
生命体の本質を 正しく理解したことで
輪廻の鎖 砕け散り 黎明の朝 迎えなん











449

二十九章 ナーラダ仙 プラーチーナバリに秘法伝授



etan mukunda-yasasâ bhuvanam punânam
devarsi-varya-mukha-nihsrtam âtma-saucam
yah kîrtyamânam adhigacchati pâramesthyam
nâsmin bhave bhramati mukta-samasta-bandhah
29-84




無明があけあしたには 物質界の迷妄が
徐々に薄れて光明が 明るくあたり 照らすらん
ナーラダ仙の言霊ことだまで 穢れし者も浄化され
御主おんしゅ讃える詠昌えいしょうの 心地良き声 流れゆく





adhyâtma-pâroksyam idam
mayâdhigatam adbhutam
evam striyâsramah pumsas
chinno 'mutra ca samsayah
29-85




まこと稀有なる不可思議な
この素晴らしき主のカター(この場合は寓話)
斯くの如くには聴きぬ
この世を終えて その後に
(4つの内部器官)を伴い 行く先は 生命いのちもとい 主の御足みあし
其処そこに達する道程の すべての謎が 解けしなり」






第二十九章 終了











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