二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


第二十章【主はプリトゥに 治世ちせいすべを伝授さる】



maitreya uvâca
bhagavân api vaikunthah
sâkam maghavatâ vibhuh
yajnair yajna-patis tusto
yajna-bhuk tam abhâsata
20-1





マイトレーヤは述べられり
「供犠を楽しみ 享受さる ヴァイクンタのしゅ 至高者が
プリトゥ王の祭場に インドラ神を伴いて
顕現なされ にこやかに 斯くのごとくにり給う



srî-bhagavân uvâca
esa te 'kârsîd bhangam
haya-medha-satasya ha
ksamâpayata âtmânam
amusya ksantum arhasi
20-2





聖クリシュナはのたまえり
『伴い来たるインドラは 御身おみ立願りつがん 百馬供犠
妨害せんと致したり 然れど今やインドラは
其方そなたに<詫びを入れたし>と あれに頼りて来たるなり
おおプリトゥよ このたびは 何とぞ彼を許されよ



sudhiyah sâdhavo loke
naradeva narottamâh
nâbhidruhyanti bhûtebhyo
yarhi nâtmâ kalevaram
20-3




人の中での最高者 最もすぐるプリトゥよ
知性の高き有徳者うとくしゃは 生きる全ての人類に
けっして悪意持たぬもの 何故かとならば肉体は
個我(ジーヴァ・個魂)うつわに過ぎぬもの
御魂みたまなる本来の 質に関わり無きゆえに


273

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


purusâ yadi muhyanti
tvâdrsâ deva-mâyayâ
srama eva param jâto
dîrghayâ vrddha-sevayâ
20-4




至純のこんを持つ者よ そなたの如き者でさえ
(吾)のマーヤーに惑うなら 長きにわたり修行をし
唯一の神にひたすらに 献身奉仕した者は
如何なる成果 得られるや






atah kâyam imam vidvân
avidyâ-kâma-karmabhih
ârabdha iti naivâsmin
pratibuddho 'nusajjate
20-5




修行を極め 知を得たる 聖者 聖仙 賢者等は
欲望強くよこしまな 無為な行為に明け暮れる
無知な肉の身 しゅうせざり






asamsaktah sarîre 'sminn
amunotpâdite grhe
apatye dravine vâpi
kah kuryân mamatâm budhah
20-6




斯くの如くに肉体に 執着のなき者たちは
結婚により発生す 住居や富や後裔こうえい
門閥もんばつなどに由来する 悩みのすべて無縁なり







274

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


ekah suddhah svayam-jyotir
nirguno 'sau gunâsrayah
sarva-go 'nâvrtah sâksî
nirâtmâtmâtmanah parah
20-7




唯一の神はけがれ無く 自ら光り輝けり
属性(グナ)はなく無因にて  常世とこよさとに住まうなり
あまねく満ちてかたよらず 全ての物の照覧者
物質界に関わらず おのれのほかに何もなく
最高峰さいこうほうするなり





ya evam santam âtmânam
âtma-stham veda pûrusah
nâjyate prakrti-stho 'pi
tad-gunaih sa mayi sthitah
20-8




斯かる純なる存在の 最高神がフリダヤ(内奥)
照覧者とて在ることを しかと確信する者は
プラクリティ(根本原質)から転変し 具象化されし者とても
物質造る三グナに 影響受けることは無し





yah sva-dharmena mâm nityam
nirâsîh sraddhayânvitah
bhajate sanakais tasya
mano râjan prasîdati
20-9




おのれの義務を全うし 常に不動の赤心で
一意専心信仰し みずから望み願わずに
ひたすらあがめ 礼拝す おおプリトゥよ彼達は
心 次第に清まりて 満ちし世界が与えらる





275

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


parityakta-gunah samyag
darsano visadâsayah
sântim me samavasthânam
brahma kaivalyam asnute
20-10




物質的な要素から 心を分離させたなば
しんの叡智に覚醒し 輝く 知覚せん
しかして後に寂静の あれの住いに到達し
物質界の穢れ無き 真の平和を得らるらん




udâsînam ivâdhyaksam
dravya jnâna-kriyâtmanâm
kûta-stham imam âtmânam
yo vedâpnoti sobhanam
20-11




肉体の持つ感覚や 行為器官やその心
創造主にて照覧者 根源主なるあれなれど
被造物なる其れ等には 無関心にて無頓着むとんちゃく
此のことわりをよく知りて あれに心を固定した
覚者はさして遠からず 必ずあれに到達す




bhinnasya lingasya guna-pravâho
dravya-kriyâ-kâraka-cetanâtmanah
drstâsu sampatsu vipatsu sûrayo
na vikriyante mayi baddha-sauhrdâh
20-12




スリーグナ(物質要素)より派生した
インドリヤ(感覚・行為器官)とかマナスとか
三つのグナの諸要素で 構成されし肉体は
輪廻転生繰り返す しかれど守護の神々の
導きを受けよく学び 辛苦しんくさちのこの世での
経験積みしその上で 吾を依り処とした者は
再び闇に陥らぬ



276

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


samah samânottama-madhyamâdhamah
sukhe ca duhkhe ca jitendriyâsayah
mayopaklptâkhila-loka-samyuto
vidhatsva vîrâkhila-loka-raksanam
20-13




平等観に立脚し 等しく人に対応し
幸や不幸に捉われず 心 感官 制御する
おおプリトゥよ 国王は かる度量が必要ぞ
其方そなたがそれを目指すなば そして完成させるなば
あれはすべての国民くにたみを 保護す努力を致すらん



sreyah prajâ-pâlanam eva râjno
yat sâmparâye sukrtât sastham amsam
hartânyathâ hrta-punyah prajânâm
araksitâ kara-hâro 'gham atti
20-14




国の王たる者は皆 <国民くにたみの幸 多かれ>と
心をくばるべきであり ひいてはそれが功徳くどくとて
おのれの徳となりぬべし 斯くてはたみの利益から
六分割むつぶんかつのそのいつ(6/1)の 租税そぜいとしての徴収を
ダルマに於きて許される 然れどそれを悪徳な
行為によりて浪費せば 重罪じゅうざいとして次の世で
罰を受けるは必定ひつじょう



evam dvijâgryânumatânuvrtta-
dharma-pradhâno 'nyatamo 'vitâsyâh
hrasvena kâlena grhopayâtân
drastâsi siddhân anurakta-lokah
20-15




ブラーフマナの長達おさたちに 公認されて口伝くでんさる
ダルマ規範を遵守して 国の保護者になるならば
おおプリトゥよ 国民くにたみが もっとも愛す王として
成就されたる神仙が 遠く無き日に必ずや
其方そなた尋ねておとなわん



277

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


varam ca mat kancana mânavendra
vrnîsva te 'ham guna-sîla-yantritah
nâham makhair vai sulabhas tapobhir
yogena vâ yat sama-citta-vartî
20-16




人類のおさ 大王よ 其方そなたの気品 特質に
あれは大いに感じ入り その振る舞いに魅されたり
さあー何なりとこのあれに 望みのものを請うるべし
あれを求めて供犠 供養 ヨーガの修行重ねても
安易に到達しがたきは あれの住まいは永久とこしえ
清純にして寂静の 気に満たされし浄土じょうどゆえ』」




maitreya uvâca
sa ittham loka-gurunâ
visvaksenena visva jit
anusâsita âdesam
sirasâ jagrhe hareh
20-17





マイトレーヤは述べられり
「斯くの如くに至高者に 教導されしプリトゥは
世界の王のほこり持ち その<教訓を活かさん>と
こうべを垂れて拝戴はいたい




sprsantam pâdayoh premnâ
vrîditam svena karmanâ
sata-kratum parisvajya
vidvesam visasarja ha
20-18




主にともなわるインドラは おのれの為せし罪を恥じ
プリトゥ王の足に伏し いだきて許し 請うるなり
世界支配す国王は インドラ神の行為への
怒りや憎悪すべて捨て 優しく起こし抱きしめり





278

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


bhagavân atha visvâtmâ
prthunopahrtârhanah
samujjihânayâ bhaktyâ
grhîta-caranâmbujah
20-19




プリトゥ王は御主への 帰依の心が弥増いやまさり
崇敬示す御供物ごくもつを 数多あまた揃えて献上し
御主みすの蓮華の御足おみあしを いだきて敬慕 あらわせり





prasthânâbhimukho 'py enam
anugraha-vilambitah
pasyan padma-palâsâkso
na pratasthe suhrt satâm
20-20




最高神は然る後 立ち去る準備なされたり
いざ出発! の時くれど 蓮華の如き眼差まなざしの
主はプリトゥを見続けて 旅立つことを躊躇ためらわる





sa âdi-râjo racitânjalir harim
vilokitum nâsakad asru-locanah
na kincanovâca sa bâspa-viklavo
hrdopaguhyâmum adhâd avasthitah
20-21




根源主にて至高主に プリトゥ王は合掌し
姿見なんと思えども 涙でかすみ 見られざり
言葉出さんと思えども のどが詰まりてかなわざり
しかりて王は直立たちしまま 心でしかと主に抱かれ
無限の喜悦 得たるなり








279

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


athâvamrjyâsru-kalâ vilokayann
atrpta-drg-gocaram âha pûrusam
padâ sprsantam ksitim amsa unnate
vinyasta-hastâgram uranga-vidvisah
20-22




王はようやく目をぬぐい 御主の姿 見上げると
主の乗り物の蛇の敵 ガルダの肩に手を置かれ
蓮華の御足みあししっかりと 大地を踏みて立ち給う
心の中の御主との 抱擁くをしみつつ
肉眼で見る至上主に 斯くの如くに申し



prthur uvâca
varân vibho tvad varadesvarâd budhah
katham vrnîte guna-vikriyâtmanâm
ye nârakânâm api santi dehinâm
tân îsa kaivalya-pate vrne na ca
20-23





プリトゥ王は申されり
〈おお最高の御方おんかたよ 解脱の授与者 至高主に
その他の物を請う者が この世によう筈は無し
物質界の様式に まどわされたる人間や
地獄の界の具現者(幽界の住人)が 求める物を覚者等が
御主に請うということは 決して無きと思うなり



na kâmaye nâtha tad apy aham kvacin
na yatra yusmac-caranâmbujâsavah
mahattamântar-hrdayân mukha-cyuto
vidhatsva karnâyutam esa me varah
20-24




おお偉大なる至上主よ 吾は如何なる時であれ
御主みすの蓮華の御足おみあしの そのかぐわしきアムリタが
主のフリダヤを通り過ぎ 吾にしたたり落ちしなば
解脱でさえもほっせざり なれどももしや叶うなら
<一万の耳>与えあれ 吾の願いはこれなりき




280

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


sa uttamasloka mahan-mukha-cyuto
bhavat-padâmbhoja-sudhâ-kanânilah
smrtim punar vismrta-tattva-vartmanâm
kuyoginâm no vitaraty alam varaih
20-25




クリシュナ神よ 御身様おみさまの 口から落ちること
主に戴きし恩寵の 一万人(数多くの人々の意味)耳朶じだに向け
御足みあしの甘露乗せしまま 心地よく吹くそよ風が
真理忘れし似非人えせびとに 記憶を想起させるため
地の果てまでも運ぶらん



yasah sivam susrava ârya-sangame
yadrcchayâ copasrnoti te sakrt
katham guna-jno viramed vinâ pasum
srîr yat pravavre guna-sangrahecchayâ
20-26




霊性高き帰依者等は つどいて御主みすを称賛し
忘我ぼうがきょうはいるとか ああ至上主よこの吾も
<一度は参加したし>との 願いを強く持ちしなり
あの麗しきシュリーさえ <主の本質を得なん>とて
御主みすを讃えて一時ひとときも 休まずうたいつづける…を



athâbhaje tvâkhila-pûrusottamam
gunâlayam padma-kareva lâlasah
apy âvayor eka-pati-sprdhoh kalir
na syât krta-tvac-caranaika-tânayoh
20-27




ああゆえにこそ この吾は 至高の御主おんしゅ 至上主に
おのれの全て捧げ切り  粉骨努力ふんこつどりょく 国治め
主の満足をんと 常に讃えて謳うらん
至福の宝庫ラクシュミーも 御手みてに蓮華の花を持ち
と共通の御方おんかたを 強く恋慕し謳われる
なれど互いに御足おみあしに 一意専心いちいせんしんする故に
主への献身 きそい合い 心を乱すことは無し



281

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


jagaj-jananyâm jagad-îsa vaisasam
syâd eva yat-karmani nah samîhitam
karosi phalgv apy uru dîna-vatsalah
sva eva dhisnye 'bhiratasya kim tayâ
20-28




<主への奉仕>を熱望す おお至上主よ この吾は
常に御主おんしゅ側近そばちかき ラクシュミー様をうらやみぬ
なれどこの身は 徳低く 奉仕の価値はわずか…
されど優しき御身様おみさまは その吾にさえ〔愛〕たま
斯かる御主を拝さざる 愚者ぐしゃ何処いずこたらんや?



bhajanty atha tvâm ata eva sâdhavo
vyudasta-mâyâ-guna-vibhramodayam
bhavat-padânusmaranâd rte satâm
nimittam anyad bhagavan na vidmahe
20-29




故に有徳うとくの聖者等は 常に御主を崇拝し
プラクリティ(グナ)に含まれし マーヤーによる迷妄を
御主みすの蓮華の御足おみあしを 絶えず想いて浄化する
この徳高き聖者等が 常に光輝を保つのは
御主讃おんしゅたたえて謳うゆえ
おお至上主よこのほかに 吾は理由を知らぬなり



manye giram te jagatâm vimohinîm
varam vrnîsveti bhajantam âttha yat
vâcâ nu tantyâ yadi te jano 'sitah
katham punah karma karoti mohitah
20-30




御主おんしゅは吾に『恩寵を 求めたまえ』と申されり
その御言葉みことばの持つ意味が 理解できずに戸惑とまどいぬ
主の御言葉が投網とあみ(マーヤー)なら その誘惑にとらえられ
恩寵のみを欲しがりて 怠惰に堕するおそれあり






282

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


tvan-mâyayâddhâ jana îsa khandito
yad anyad âsâsta rtâtmano 'budhah
yathâ cared bâla-hitam pitâ svayam
tathâ tvam evârhasi nah samîhitum
20-31




理解し難きマーヤーで おお至上主よ人々は
主とのえにしへだてらる 故に己れの本質(分魂・ジーヴァ)
知らぬ者等は愚かにも 感官のみに支配され
唯 幻のさちのみを 家族のために追い求む
おお全人類の父上よ 国民くにたみの幸 多かれと
力を尽くすこの吾に 何卒御慈悲 賜れ〉と」




maitreya uvâca
ity âdi-râjena nutah sa visva-drk
tam âha râjan mayi bhaktir astu te
distyedrsî dhîr mayi te krtâ yayâ
mâyâm madîyâm tarati sma dustyajâm
20-32




マイトレーヤは述べられり
「〔地上の王〕と認可にんかさる 原初の王(プリトゥ)は至上主を
斯くの如くに讃えたり
〈おお慕わしき至上主よ 伏して崇拝奉る
『帰依する者は斯くあれ』と 導かれたる叡智にて
切り捨て難きマーヤー(世俗の幻)を 捨てて御恩にむくゆなり〉




tat tvam kuru mayâdistam
apramattah prajâpate
mad-âdesa-karo lokah
sarvatrâpnoti sobhanam
20-33




『余が命じたる事柄を 王よ 其方そなたは必ずや
守りて国をおさむらん あれの教えを遵守して
献身奉仕する者は 誰彼だれかれわずそしてまた
何処いずこの土地で為そうとも 必ず幸を与える』と」



283

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる


maitreya uvâca
iti vainyasya râjarseh
pratinandyârthavad vacah
pûjito 'nugrhîtvainam
gantum cakre 'cyuto matim
20-34





マイトレーヤは続けらる
「斯くの如くにプリトゥに こたえられたる至上主は
神智にけし 深遠しんえんな 真理から出た崇拝の
言葉をよみし 喜ばれ その場立たんと為されたり



devarsi-pitr-gandharva-
siddha-cârana-pannagâh
kinnarâpsaraso martyâh
khagâ bhûtâny anekasah
yajnesvara-dhiyâ râjnâ
vâg-vittânjali-bhaktitah
sabhâjitâ yayuh sarve
vaikunthânugatâs tatah
20-35・36









天の神々 聖者達 ピトリローカの住人や
ガンダルヴァとかチャーラナや シッダローカに住まう者
蛇神達やアプサラス キンナラ星の住民や
地球に住まう者達や 空を飛ぶ鳥 被造物
最高神とまがうかの 完璧な智者ちしゃプリトゥに
礼儀正しき送別の 言葉と共に数々の
富の一部を贈与され インドラ神も“詫び”叶い
従者を連れて立ち去りぬ



bhagavân api râjarseh
sopâdhyâyasya câcyutah
harann iva mano 'musya
sva-dhâma pratyapadyata
20-37




合掌をして拝しつつ 名残なごりな王仙(プリトゥ)
御主みすを讃えて心から 賛美するのを聞きながら
多くの聖者 聖仙や 従う者等 引き連れて
御主おんしゅも帰路に 就きたもう


284

二十章 主はプリトゥに 治世の術を伝授さる



adrstâya namaskrtya
nrpah sandarsitâtmane
avyaktâya ca devânâm
devâya sva-puram yayau
20-38




最高級の神々も 伏して崇敬奉る
現象界の創造主 非顕現なるクリシュナは
プリトゥ王の面前めんぜんに あらわれまししその後は
御自おんみずからの住まいなる 常世とこよさとに在りたもう」





第二十章 終了




















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