七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる


第七章【ヴィドゥラはプラーナのずいたずねる】
srî-suka uvâca
evam bruvânam maitreyam
dvaipâyana-suto budhah
prînayann iva bhâratyâ
vidurah pratyabhâdata
7-1





えあるシュカは語られり】
マイトレーヤ聖仙が 斯くのごとくに語らうと
ドヴァイパーヤナ(ヴィヤーサ)息子なる 英知にまさるヴィドゥラは
次のごとくに問いかけて かの聖仙(マイトレーヤ)を喜ばす

vidura uvâca
brahman katam bhagavatas
cin-mâtrasyâvikârinah
lîlayâ câpi yujyeran
nirgunasya gunâh kriyâh
7-2





ヴィドゥラは斯く問いかけり
「おお聖仙よ 吾が師父しふよ 何とぞ教えたまえかし
不変 無属むぞく(グナに無縁)の至上主は カルマの作用 受けぬ御方かた
しかるに世俗ぞくに誕生し 何故なぜ束縛そくばく(この世の制約)受けらるや


krîdâyâm udyamo 'rbhasya
kâmas cikrîdisânyatah
svatas-trptasya ca katham
nivrttasya sadânyatah
7-3




幼き子らが嬉々ききとして たわむれるのは何ゆえか
他の子と共に遊ぶのが 唯一の愉悦ゆえつなるが故
しかるに御主みす唯一者ゆいいっしゃ みずかりる御方かたなるに
何故なぜにこの世に降臨おりられて 《共にらん》とされしや

81

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

asrâksîd bhagavân visvam
guna-mayyâtma-mâyayâ
tayâ samsthâpayaty etad
bhûyah pratyapidhâsyati
7-4




根本原主クリシュナは 御主御自身みすごじしんのマーヤーで
グナをたくみに組み合わせ 宇宙創造成したもう
そしてそれらを維持されて
やがて時節じせつが至りなば おの胎内うちへとおさめらる


desatah kâlato yo 'sâv
avasthâtah svato 'nyatah
aviluptâvabodhâtmâ
sa yujyetâjayâ katham
7-5




孤高ここうする至上主の その本質の静謐せいひつ
過ぎ行く時や状況に 影響されることは無し
不変不生ふへんふしょうの至上主が 何故なぜに肉の身まとわれて
世俗ぞくかかわり持たれしや



bhagavân eka evaisa
sarva-ksetresv avasthitah
amusya durbhagatvam vâ
kleso vâ karmabhih kutah
7-6




唯一無二ゆいつむになる至上主が 全ての者のフリダヤに
照覧者しょうらんしゃとて宿られる
斯くの如くに肉の身に かかわり持たる至上主は
人世ひとよ三苦さんく そしてまた カルマの作用 受けらるや




82

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

etasmin me mano vidvan
khidyate 'jnâna-sankate
tan nah parânuda vibho
kasmalam mânasam mahat
7-7




おお聖仙よ願わくば 吾の無明むみょうを晴らされよ
己が心が不純ゆえ 無知のとばりに覆われて
迷妄めいもうの闇 さ迷えり
理解しがたしんを おお聖仙よ 説き給え」


srî-suka uvâca
sa ittham coditah ksattrâ
tattva-jijnâsunâ munih
pratyâha bhagavac-cittah
smayann iva gata-smayah
7-8





えあるシュカは語られり】
真理の会得えとく 希求ききゅうする ヴィドゥラがきて気短きみじか
斯くのごとくに問いかくと 豪放ごうほうにして磊落らいらく
さがを持ちたる聖仙は 心を御主みすに統一し 優しく笑みて答えらる



maitreya uvâca
seyam bhagavato m^yâ
yan nayena virudhyate
îvarasya vimuktasya
kârpanyam uta bandhanam
7-9




マイトレーヤは述べられり
「自由自在な至上主が 世俗の苦難 束縛を
かこつことなど有り得るや 然れどもおおヴィドゥラよ
斯くも不遜な忖度そんたくを なれにさせたるものこそが
マーヤーという〔げん〕であり 主が仕掛けたる迷妄めいもう




83

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

yad arthena vinâmusya
pumsa âtma-viparyayah
pratiyata upadrastyh
sva-siras chedanâdikah
7-10




主の部分なる分魂ぶんこん(個我=ジーヴァ)
うつわ(肉体)りてこの界に 人間として誕生し
そこで殺害されたとて 不変の御主みすの分魂の
ジーヴァは死なず 不滅なり


yathâ jale candramasah
kampâdis tat-krto gunah
drsyate 'sann api drastur
âtmano 'nâtmano gunah
7-11




水面みなもうつ月影つきかげは かすかにれて見ゆれども
月がらめくことはなし そは水の持つ属性の
“揺らぎ”が〔う〕と見せるのみ
これと同じく肉体の 非真ひしん(具象)さが分魂ぶんこん(個我=ジーヴァ)
真の姿を被覆ひふくして 個我こが(ジーヴァ)を具象(肉体)と見せかける



sa vai nivrtti-dharmena
vâsudevânukampayâ
bhagavad-bhakti-yogena
tirodhatte sanair iha
7-12




斯くの如くに人間は 自分自身(主の分魂=個我=ジーヴァ)
肉体(グナによって具象化されたもの)を 同一ひとつのものと誤謬ごびゅうする
然れどもこの謬見びゅうけん(間違った見解)は 御主みすへの帰依が深まれば
厚き恩寵 戴きて 徐々に消滅するならん




84

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

yadendriyoparâmo 'tha
drastrâtmani pare harau
vilîyante tadâ klesâh
samsuptasyeva krtsnasah
7-13




外界そとかれるさがを持つ 感官にある能力を
照覧者なる至上主に 投げ入れ融和させるなば
深き眠りにある人に 何の痛痒つうようなき如く
この世の苦難 煩悩や 悲哀のすべて消滅す



asesa-sanklesa-samam vidhatte
gunânuvâda-sravanam murâreh
kim vâ punas tac-caranâravinda-
parâga-sevâ-ratir âtma-labdhâ
7-14




卓越たくえつしたる聖ハリの 徳を聴聞するならば
すべての苦悩 困難は 泡沫うたかたのごと消えゆかん
更に蓮華の御足おみあしの 塵をあがめて奉仕せば
主の本質を会得えとくして 解脱げだつきょうに達すべし」



vidura uvâca
sanchinnah samsayo mahyam
tava sûktâsinâ vibho
ubhayatrâpi bhagavan
mano me sampradhâvati
7-15





ヴィドゥラは斯く述べにけり
「マイトレーヤ聖仙よ 師が説かれたるお言葉で
主の分魂(ジーヴァ=非具象不滅)と肉体(グナの具象化=滅びる)
同一視どういつしした謬見びゅうけんが わが迷妄めいもう元凶げんきょうと しかと認識致したり
おお至上主よ今まさに 吾の心は澄み渡り 主への憧憬深まれり




85

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

sâdhv etad vyâhrtam vidvan
nâtma-mâyâyanam hareh
âbhâty apârtham nirmûlam
visva-mûlam na yad bahih
7-16




主の本質を知る智者は 至上主のもつマーヤーが
隠蔽いんぺいしたる真実を 見失うことあり得なし
しんに実在するものは 不変不滅の御主おんしゅのみ
おお聖仙よ御身様おみさまは 斯くの如くに申されり



yas ca mûdhatamo loke
yas ca buddheh param gatah
tâv ubhau sukham edhete
klisyaty antarito janah
7-17




この世に住まう者のうち
最も低き暗愚者と 叡智に優る解脱者の
この極端な両者のみ 心安けく生きるらん
この中間に住む者は
疑心 疑惑が生まれで 苦痛 不快に見舞われる



arthâbhâvam viniscitya
pratîtasyâpi nâtmanah
yâm câpi yusmac-carana-
sevayâham parânude
7-18




この世で“る”と見たものは 夢幻ゆめまぼろし絵空事えそらごと
すべて実在せぬものと 吾は得心したるなり
在るかに見せる〔まぼろし〕を 取り除くには聖仙の
御足みあしに奉仕することと 堅く決定けつじょうしたるなり




86

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる


yat-sevayâ bhagavatah
kûta-sthasya madhu-dvisah
rati-râso bhavet tîvrah
pâdayor vyasanârdanah
7-19




この世の不幸 逆境ぎゃっきょうを 根こそぎ消滅させるには
不変不動の主をあがめ 帰依と奉仕を捧ぐこと
斯くなる主への傾倒けいとうは 聖なる御師 聖者らの
尊き御足みあし崇拝し 仕えることで生ずなり




durâpâ hy alpa-tapasah
sevâ vaikuntha-vartmasu
yatropagîyate nityam
deva-devo janârdanah
7-20




全生類を統治する 創造主なる至上主を
たたえてうたう奉仕者は ヴァイクンタへの道程みちのり
ひたすら歩む主の帰依者 苦行少なき者らには
近づきがたき聖者にて 仕えるえにし 得難えがたかり




srstvâgre mahad-âdîni
sa-vikârâny anukramât
tebhyo virâjam uddhrtya
tam anu prâvisad vibhuh
7-21




主は多様化を意図いとなされ プラクリティを開展かいてん
マハトタットヴァ創造つくられり
そして諸要素 派生はせいさせ 物質界を幻出げんしゅつ
やがて至上主みずからが 照覧者とて入られり






87

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

yam âhur âdyam purusam
sahasrânghry-ûru-bâhukam
yatra visva ime lokâh
sa-vikâsam ta âsate
7-22




幾千いくせんという手足持つ  原初げんしょプルシャの至上主が
創造されし宇宙卵 その広大な空間に
多様な界と 生類しょうるいが 皆それぞれに存在す


yasmin dasa-vidhah prânah
sendriyârthendriyas tri-vrt
tvayerito yato varnâs
tad-vibhûtîr vadasva nah
7-23




十のプラーナ(五種の気息と五種の鞘)
インドリヤ(五種の感覚器官と五種の行為器官)
そして守護する十柱神とはしらしん これら三つや四住期しじゅうき
主の御力みちからで創られし このガルバ(宇宙卵)から生まれしと
御師によりて吾々は そのあらましを聴きしなり


yatra putrais ca pautrais ca
naptrbhih saha gottrajaih
prajâ vicitrâkrtaya
âsan yâbhir idam tatam
7-24




しこうして師よこの後に 主が創られし生物や
生殖による〔しゅ〕の連鎖れんさ 子供や孫や曾孫そうそん
そして数多あまた後裔こうえいが この地 満たしていくさま
何とぞ吾に説き給え






88

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

prajâpatînâm sa patis
caklpe kân prajâpatîn
sargâms caivânusargâms ca
manûn manvantarâdhipân
7-25




ブラフマー神が生みださる プラジャーパティ(造物主)の尊名は?
その本来の状態や 副次的なる生成せいせいは?
マンヴァンタラを支配する 十四人じゅうよったりのマヌの名は?
そしてそれらの聖人は 如何様いかようにして誕生うまれしや


upary adhas ca ye lokâ
bhûmer mitrâtmajâsate
tesâm samsthâm pramânam ca
bhûr-lokasya ca varnaya
7-26




マイトレーヤ聖仙よ 人間界(地界)の上と下
その各層に存在す それらの位置や大きさや
その状態の詳細を 何とぞ吾にお説きあれ


tyrian-mânusa-devânâm
sarîsrpa-patattrinâm
vada nah sarga-samvyûham
gârbha-sveda-dvijodbhidâm
7-27




そして動物 人間や 神々 鳥や爬虫類
胎生たいしょう(哺乳類) 卵生らんしょう(卵で生まれる生類) 湿生しっしょう(湿潤地の植物=虫など)
その地に根ざす植物や すべての被造されしもの
それらのことをねんごろに <教えたまえ>と請うるなり







89

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

gunâvatârair visvasya
sarga-sthity-apyayâsrayam
srjatah srînivâsasya
vyâcaksvodâra-vikramam
7-28




三つのグナを作用して 創造されし大宇宙
そしてそれらを維持なされ やがて破壊しその後に
静態せいたいに入られる クリシュナ神の御事績を
すべてお聴かせたまわれと 吾はひたすら願うなり


7-29・30・31
varnâsrama-vibhâgâms ca
rûpa-sîla-svabhâvatah
rsînâm janma-karmâni
vedasya ca vikarsanam

yajnasya ca vitânâni
yogasya ca pathah prabho
naiskarmyasya ca sânkhyasya
tantram vâ bhagavat-smrtam

pâsanda-patha-vaisamyam
pratiloma-nivesanam
jîvasya gatayo yâs ca
yâvatîr guna-karmajâh









さらに四姓しせい(ヴァルナ)四住期しじゅうき(アーシュラマ)
区分くわけや順序そしてまた 見かけや風習ならい 気質など
リシの誕生 その行為 ヴェーダの区分くぶん その聖知せいち

さらには祭祀 供儀などや ヨーガの手法 無活動
サーンキャ学や 経典けいてんを そして御主おんしゅの御教えを

さらに異端いたんの道辿たどる 規矩きくに反する結び付き
性質さがや行為に起因きいんする 多くの過誤かごを行える
この世に生きる者達の 採るべき道を説き給え





90

一章 ヴィドゥラとウッダヴァの邂逅

7-32・33
dharmârtha-kâma-moksânâm
nimittâny avirodhatah
vârtâyâ danda-nîtes ca
srutasya ca vidhim prthak

srâddhasya ca vidhim brahman
pitrnâm sargam eva ca
graha-naksatra-târânâm
kâlâvayava-samsthitim






ダルマ(規則)にアルタ(実利) モークシャ(解脱)
カーマ(愛)を求む者たちの この世を渡る処世術
規矩きくに従い生計を 立てる数多あまたの方法を

先祖の出自しゅつじ その系譜けいふ 父祖への供養 その祭祀
時の刻みや持続力 太陽や月 天体の
位置関係やその立場
おお聖仙よ そのすべて 吾に御教示ごきょうじたまえかし



dânasya tapaso vâpi
yac cestâ-pûrtayoh phalam
pravâsa-sthasya yo dharmo
yas ca pumsa utâpadi
7-34




布施ふせ苦行くぎょう法施行ほっせぎょう 治水ちすい 福祉ふくしつとむ者
それらの善の代償は?
異郷いきょうに暮らす者の義務 困窮こんきゅうしたる者の義務
それらにつきて教示あれ









91

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

yena vâ bhagavâms tusyed
dharma-yonir janârdanah
samprasîdati vâ yesâm
etad âkhyâhi me 'nagha
7-35




生きとし生ける物の父 すべてののりの根原主
慈と恩寵の宝庫なる 主の満足を得る為に
吾らは何を為すべきか ああ穢れなき聖仙よ
何とぞとくねんごろに 吾にお聴かせ給えかし



anuvratânâm sisyânâm
putrânâm ca dvijottama
anâprstam api brûyur
guravo dîna-vatsalâh
7-36




おお最高のバラモンよ ご慈愛深き指導者よ
常にはべりて懇ろに 教えを請うる弟子たちに
無知な彼等がただぬ 深き真理の最奥さいおう
何とぞ教え賜れと 伏して懇願こんがんたてまつる



tattvânâm bhagavams tesâm
katidhâ pratisankramah
tatremam ka upâsîran
ka u svid anuserate
7-37




主の本質が転変し 創造されし諸要素は
やがて御主おんしゅ帰一きいつする それに要する転成てんせい
如何ほど繰り返えされるのか 主が静態せいたい(プララヤ)らる
お仕え人は?そしてまた 共に眠るはそもたれ






92

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

purusasya ca samsthânam
svarûpam vâ parasya ca
jnânam ca naigamam yat tad
guru-sisya-prayojanam
7-38




至高の御主みすの本質は? 個々のジーヴァの特質は?
ヴェーダーンタ(ヴェーダの最終章のこと=ウパニシャッド)の解釈や
尊師に学ぶ深き知は
無知なる弟子をうるおして 育てる為の慈雨じうなりき



nimittâni ca tasyeha
proktâny anagha-sûribhih
svato jnânam kutah pumsâm
bhaktir vairâgyam eva vâ
7-39




この世に生きる目的を 自分の智慧で知ることは
まこと至難なことなりき おお穢れなき聖仙よ
ジュニャーナ(叡智)バクティ(奉仕) ヴァイラーギャ(離欲)
会得えとくがたきこの教理きょうり 何とぞ教えたまえかし



etân me prcchatah prasnân
hareh karma-vivitsayâ
brûhi me 'jnasya mitratvâd
ajayâ nasta-caksusah
7-40




おお聖仙よ 願わくば
これらすべての難問を 説きてお教え下されよ
マーヤーの持つ威力にて めしいとなりしこの吾は
御主みすのすべてを知りたしと 心はやりて高ぶりぬ





93

七章 ヴィドゥラはプラーナの髄を訊ねる

sarve vedâs ca yajnâs ca
tapo dânâni cânagha
jîvâbhaya-pradânasya
na kurvîran kalâm api
7-41




この世に生きる個人我(ジーヴァ)
ヴェーダをおさ供儀くぎ行じ 布施ふせ苦行くぎょうで徳を積む
輪廻りんねくさり すべを つぶさ教示きょうじ 賜れば
すべての穢れ清まりて 罪を重ねることはなし」



srî-suka uvâca
sa ittham âprsta-purâna-kalpah
kuru-pradhânena muni-pradhânah
pravrddha-harso bhagavat-kathâyâm
sancoditas tam prahasann ivâha
7-42





【栄えあるシュカは語られり】
斯くの如くにクル族の 最高位なるヴィドゥラに
プラーナのずい たずねられ 聖者の中の最高者
マイトレーヤは喜びて 微笑ほほえみながら語られり

第七章 終了












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