五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する


第十三章【バラタは森の暮らしで人生を比喩ひゆする】




13-1
brāhmaṇa uvāca
duratyaye ’dhvany ajayā niveśito
rajas-tamaḥ-sattva-vibhakta-karmadṛk
sa eṣa sārtho ’rtha-paraḥ paribhraman
bhavāṭavīṁ yāti na śarma vindati








ブラーフマナ(バラタ)は 述べられり
「サットヴァ タマス ラジャスなる 三つのグナで造られし
肉体を持つジーヴァは 行為の結果 果たすため
輪廻転生 繰り返す 誕生したるその界が
物質界であるならば その人生の目的を
富の入手や蓄財ちくざいや 我欲を満たす事に向け
地を流離さすらいて逍遥しょうようし まことの幸と乖離かいりした
無明の森に迷い込む




13-2
yasyām ime ṣaṇ nara-deva dasyavaḥ
sārthaṁ vilumpanti kunāyakaṁ balāt
gomāyavo yatra haranti sārthikaṁ
pramattam āviśya yathoraṇaṁ vṛkāḥ






森の中には おお王よ 六人の敵 ひそむなり
無知な保護者にひきいられ 森に入りし者達は
雄牛の如く咆哮ほうこうし 略奪者等が 襲い来て
身ぐるみがし 奪い去る 夜ともなれば野営地に
狼のごと悪党が 混乱したる者達を
密かにさらい 連れ去らん










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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する

  
13-3
prabhūta-vīrut-tṛṇa-gulma-gahvare
kaṭhora-daṁśair maśakair upadrutaḥ
kvacit tu gandharva-puraṁ prapaśyati
kvacit kvacic cāśu-rayolmuka-graham






茂みの中は蔓草つるくさや 様々な草 灌木かんぼく
所狭ところせましとい茂り 蚊とかぶよとか 刺す虫に
攻撃されて苦しみぬ 又ある時は幻の
ガンダルヴァの城郭じょうかくを 実在のごと見たりする
又 他の場所で松明たいまつを 持つ強盗を垣間見かいまみ




13-4
nivāsa-toya-draviṇātma-buddhis
tatas tato dhāvati bho aṭavyām
kvacic ca vātyotthita-pāṁsu-dhūmrā
diśo na jānāti rajas-valākṣaḥ






自分自身の住む場所や 飲み水 そして財産を
自分の物と錯覚し マーマカーラ(所有欲)に支配され
森の彼方此方あちこち 駆けまわる 然れどふいに襲い来る
旋風せんぷうによる塵埃じんあいは 辺り一面 闇となし
暗褐色の世に変える しかして場所も方角も
身の廻りさえ 定まらず 目も開けられぬ こととなる




13-5
adṛśya-jhillī-svana-karṇa-śūla
ulūka-vāgbhir vyathitāntarātmā
apuṇya-vṛkṣān śrayate kṣudhārdito
marīci-toyāny abhidhāvati kvacit






目には見えざる蟋蟀こおろぎや せみの羽音がうとましく
不吉をげるふくろうの 声 おぞましく 悩まさる
飢と渇きと不安とで 拠りどころ無き人々は
例えはかなき幻の 蜃気楼しんきろうとて追いかけん





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13-6
kvacid vitoyāḥ sarito ’bhiyāti
parasparaṁ cālaṣate nirandhaḥ
āsādya dāvaṁ kvacid agni-tapto
nirvidyate kva ca yakṣair hṛtāsuḥ






時には川の浅瀬にて 貝のたぐいあさったり
泳いで河を渡り切り うおや海藻 採り集め
家族の腹を満たしたり と或る森では出火して
焼け死にしたり 財失くし ある処では強盗や
ヤクシャに財産られたり 生命いのちでさえも奪われる




13-7
śūrair hṛta-svaḥ kva ca nirviṇṇa-cetāḥ
śocan vimuhyann upayāti kaśmalam
kvacic ca gandharva-puraṁ praviṣṭaḥ
pramodate nirvṛtavan muhūrtam






強盗により襲われて 財の全てを失うと
心がえて絶望し 知覚失う者もあり
よろめき歩くそのうちに 発見したる蜃気楼しんきろう(ガンダルヴァ)
事実とまがい 喜びて 一瞬の幸 得るもあり




13-8
calan kvacit kaṇṭaka-śarkarāṅghrir
nagārurukṣur vimanā ivāste
pade pade ’bhyantara-vahninārditaḥ
kauṭumbikaḥ krudhyati vai janāya






彷徨さまよい歩くそのかんに 足にはとげうおの骨
砂利じゃりの小石が突き刺さり 丘を見つけし或る者は
登らんとして滑り落ち 絶望の末 気絶せり
行けば行くほど胃の中の 消化のほのお 燃え上がり
家族の求め 知りつつも 空腹満たす物がなく
家長は困惑きわまりて やがて怒りに変化する





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13-9
kvacin nigīrṇo ’jagarāhinā jano
nāvaiti kiñcid vipine ’paviddhaḥ
daṣṭaḥ sma śete kva ca danda-śūkair
andho ’ndha-kūpe patitas tamisre






木々が密生した森に 投げ込まれたる人々は
巨大な蛇に飲まれたり はたまた毒を持つ虫に
まれたりして危害受け 或いはからの井戸に
漆黒しっこくの中 助け無く うずくまるよりすべは無し





13-10
karhi sma cit kṣudra-rasān vicinvaṁs
tan-makṣikābhir vyathito vimānaḥ
tatrāti-kṛcchrāt pratilabdhamāno
balād vilumpanty atha taṁ tato ’nye






時に快楽 得なんとて 女性を探し求めても
その女性等に侮辱ぶじょくされ 軽蔑けいべつされてののしらる
例え大金支払いて 手に入れたとて かたわらの
力の強き男性に 横取りされて奪われる





13-11
kvacic ca śītātapa-vāta-varṣa-
pratikriyāṁ kartum anīśa āste
kvacin mitho vipaṇan yac ca kiñcid
vidveṣam ṛcchaty uta vitta-śāṭhyāt






或る処では寒冷かんれいや 灼熱または暴風雨
阻止出来がた艱難かんなんに 身をも心もひしがれる
時には相互そうご 話し合い 売買すれど折り合わず
猜疑心さいぎしんのみ助長じょちょうされ 敵愾心てきがいしんを抱くのみ








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13-12
kvacit kvacit kṣīṇa-dhanas tu tasmin
śayyāsana-sthāna-vihāra-hīnaḥ
yācan parād apratilabdha-kāmaḥ
pārakya-dṛṣṭir labhate ’vamānam






時には財を失いて 家族と共に楽しみし
臥床ふしどや座敷 失くしても 親類 縁者 仲間には
物乞ものごいをする 者もあり とても援助はえぬさま
富裕ふゆうな者を見るたびに 我が身の不遇ふぐう 屈辱に
絶望のみがさいなみぬ




13-13
anyonya-vitta-vyatiṣaṅga-vṛddha-
vairānubandho vivahan mithaś ca
adhvany amuṣminn uru-kṛcchra-vitta-
bādhopasargair viharan vipannaḥ






互いに得たる財産を 交換したり 取引し
増加させたり 益を得て えにし 深めて婚姻し
親しく交際したとても 災難受けて散り散りに
離散りさん 見たりして 時にはやまい 襲い来て
不幸の種は尽きぬなり




13-14
tāṁs tān vipannān sa hi tatra tatra
vihāya jātaṁ parigṛhya sārthaḥ
āvartate ’dyāpi na kaścid atra
vīrādhvanaḥ pāram upaiti yogam






斯くの如くに様々な 道を辿たどりしジーヴァは
やがて世を閉じ 懊悩おうのうの 俗世のカルマ 持ちしまま
滅びゆくのが運命さだめなり そして再び誕生し
後継育て 血をつなぎ 連綿れんめんとして世は続く
ああ然れども おお王よ この悠久ゆうきゅうの道中で
至高の御主みす御足おみあしに 辿り着きたる旅人の
噂はついぞ聞かぬなり



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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する


13-15
manasvino nirjita-dig-gajendrā
mameti sarve bhuvi baddha-vairāḥ
mṛdhe śayīran na tu tad vrajanti
yan nyasta-daṇḍo gata-vairo ’bhiyāti






世に聞こえたる英雄を 征服したる覇王はおう等が
《この地はすべて我が物》と 互いに敵意きだして
果敢かかんきそい 全員が やがて地面に倒れ伏す
しかりし故にこの世では 隠遁者いんとんしゃ等が辿り着く
高き境地に至りたる 王の名前を聞かぬなり




13-16
prasajjati kvāpi latā-bhujāśrayas
tad-āśrayāvyakta-pada-dvija-spṛhaḥ
kvacit kadācid dhari-cakratas trasan
sakhyaṁ vidhatte baka-kaṅka-gṛdhraiḥ






ふと或る時に己が身が 蔓草つるくさのごとはかなげな
草に保護さるさまを見て 空を飛びつつ歌歌う
鳥に憧れ 保護求め 時にけものうなり声
恐れてわしやアオサギに 救い 求めることもあり




13-17
tair vañcito haṁsa-kulaṁ samāviśann
arocayan śīlam upaiti vānarān
taj-jāti-rāsena sunirvṛtendriyaḥ
parasparodvīkṣaṇa-vismṛtāvadhiḥ






そしてそれらに裏切られ ハムサ(白鳥)むれに接触し
その生き方が馴染なじめずに 性悪しょうわる猿に近寄りぬ
この猿族の習性は 感覚のまま生きること
雌と雄とはお互いに 満足求め 見つめ合い
足音立てず忍び寄る 今際いまわ(臨終)きざみ 忘れいる






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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する


13-18
drumeṣu raṁsyan suta-dāra-vatsalo
vyavāya-dīno vivaśaḥ sva-bandhane
kvacit pramādād giri-kandare patan
vallīṁ gṛhītvā gaja-bhīta āsthitaḥ






木陰にいこりょうをとり 息子と妻を溺愛できあい
家長の彼は一方で 性的快楽けらく 追いもとめ
強くかれる性癖を 仲間の者にうとまれて
一人はぐれることもあり 足を滑らせ渓谷けいこく
墜ちなんとするその時に 蔓草つるくさ握り 身を支え
谷底にいる象群を 恐れおののおびゆらん




13-19
ataḥ kathañcit sa vimukta āpadaḥ
punaś ca sārthaṁ praviśaty arindama
adhvany amuṣminn ajayā niveśito
bhramañ jano ’dyāpi na veda kaścana






かる危険を切り抜けて 解放されし者とても
再び己が持つさがで えんある者に近づかん
斯くて御主の御意志にて 危険ながけの先端を
彷徨さまよい歩くこととなる ああしかれども 主の意図いと
気づきし者の姓名を いまだ聞きたることはなし



13-20
rahūgaṇa tvam api hy adhvano ’sya
sannyasta-daṇḍaḥ kṛta-bhūta-maitraḥ
asaj-jitātmā hari-sevayā śitaṁ
jñānāsim ādāya tarāti-pāram






偉大な王よ ラフーガナ そなたも実にこの道の
上に置かれし 者なりき 故にそなたはそのむち
直ちに捨てて人々に 愛をそそぎて くし
おのれの欲を放棄して 御主みすを拝して 献身し
武器を知識に持ち替えて 常世とこよさとを目指すべし」





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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する

  
13-21
rājovāca
aho nṛ-janmākhila-janma-śobhanaṁ
kiṁ janmabhis tv aparair apy amuṣmin
na yad dhṛṣīkeśa-yaśaḥ-kṛtātmanāṁ
mahātmanāṁ vaḥ pracuraḥ samāgamaḥ








ラフーガナ王 述べにけり
「ああ人として 生まれたる 人間こそが最高位
卓越したる存在者 何故に劣れる他の界の
せいようありや クリシュナ神を信仰し
浄められたるバラモンの に素晴らしき御身様と
邂逅かいこうしたることにより 吾の迷妄 晴れゆけり



13-22
na hy adbhutaṁ tvac-caraṇābja-reṇubhir
hatāṁhaso bhaktir adhokṣaje ’malā
mauhūrtikād yasya samāgamāc ca me
dustarka-mūlo ’pahato ’vivekaḥ






斯くの如くに素晴らしき 御師おんし御足あしちりにより
ほんのわずかなひと時で 真理の扉 開かれり
クリシュナ神を崇敬し 帰依 献身をすることで
無知と誤謬ごびゅうを撃退し 差異さいを認めぬ 吾たらん



13-23
namo mahadbhyo ’stu namaḥ śiśubhyo
namo yuvabhyo nama āvaṭubhyaḥ
ye brāhmaṇā gām avadhūta-liṅgāś
caranti tebhyaḥ śivam astu rājñām






おお偉大なる御方に 帰命頂礼奉る
幼児 少年 若者の 姿 採られる御方おんかた
これ等すべてのバラモンは 世俗の穢れ 遮断しゃだんして
多種な姿をりしまま この地上界 経巡へめぐりて
民に真理を教えらる
<おおバラモンよ王達に この幸福をあたわれ>と
伏して懇願 奉る」




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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する


13-24
śrī-śuka uvāca
ity evam uttarā-mātaḥ sa vai brahmarṣi-sutaḥ sindhu-pataya ātma-satattvaṁ vigaṇayataḥ parānubhāvaḥ parama-kāruṇikatayopadiśya rahūgaṇena sakaruṇam abhivandita-caraṇa āpūrṇārṇava iva nibhṛta-karaṇormy-āśayo dharaṇim imāṁ vicacāra.









【聖なるシュカは 述べられり】
ウッタラーなる母を持つ パリークシット国王よ
ブラーフマナのその聖者 シンドゥ地区の支配者(ラフーガナ)
侮辱されしが意にかけず 慈悲心ゆえに 懇切こんせつ
主の本質を聞かせると 一人 大地を歩み去る
名残惜なごりおなラフーガナ 波立つ心 鎮静しずめると
その御後姿ごこうしを 拝したり








13-25
sauvīra-patir api sujana-samavagata-paramātma-satattva ātmany avidyādhyāropitāṁ ca dehātma-matiṁ visasarja; evaṁ hi nṛpa bhagavad-āśritāśritānubhāvaḥ.



そを見送りしラフーガナ 高徳にして慈悲ぶかき
ブラーフマナの説教で 最高神の本質を
しか体得たいとくしたるなり 己自身の無知により
〔肉体こそは吾なり〕と 信じて主張 し続けし
謬見びゅうけん全て 消え失せり おお国王よこれこそが
クリシュナ神を崇敬し 御足みあし庇護ひごを希求して
献身奉仕する者が 享受きょうじゅ出来得る 果報かほうなり













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五巻 十三章 バラタは森の暮らしで人生を比喩する


13-26
rājovāca
yo ha vā iha bahu-vidā mahā-bhāgavata tvayābhihitaḥ parokṣeṇa vacasā jīva-loka-bhavādhvā sa hy ārya-manīṣayā kalpita-viṣayo nāñjasāvyutpanna-loka-samadhigamaḥ; atha tad evaitad duravagamaṁ samavetānukalpena nirdiśyatām iti.







パリークシットは 問いしなり
「偉大な帰依者 シュカ仙よ バラタによりて語られし
比喩ひゆに富みたる物語 肉の身まとう人間の
辿たどる愚かな道程を 完成せざる人間が
想像により創りたる 物語ではなからんや
故にこれ等の寓話ぐうわでは 吾は理解が出来ぬなり
おお願わくば真髄しんずいを とくと御教授 賜えかし」






第十三章 終了


















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