二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る


第二十六章【プランジャナ 狩猟の規矩を破る】

nârada uvâca
sa ekadâ mahesvâso
ratham pancasvam âsu-gam
dvîsam dvi-cakram ekâksam
tri-venum panca-bandhuram
 
eka-rasmy eka-damanam
eka-nîdam dvi-kûbaram
panca-praharanam sapta-
varûtham panca-vikramam
 
haimopaskaram âruhya
svarna-varmâksayesudhih
ekâdasa-camû-nâthah
panca-prastham agâd vanam
26-1・2・3




















ナーラダ仙は続けらる
〈遠き昔のことながら ある晴れた日に プランジャナ
馬車に二本のながえつけ 二重の車輪 車軸持つ
五頭の駿馬しゅんめ 引く馬車に 乗りて森へと駆け行けり
手綱たづなをにぎる馭者ぎょしゃの席 王の玉座ぎょくざが固定され
五つの武器と七重ななじゅうの 防護のほろを 積む馬車は
五種の動きが出来るなり 内部を金で装飾し
備品も金でしつらえし 馬車に乗りたる帝王は
金の甲冑かっちゅう身に着けて しきりに先を急がせり






cacâra mrgayâm tatra
drpta âttesu-kârmukah
vihâya jâyâm atad-arhâm
mrga-vyasana-lâlasah
26-4




森のけものに執着し 弓矢で狙い 殺戮さつりく
愚昧ぐまいな王は妻でさえ いわれもなきに冷遇し
狩猟しゅりょうかいに取りつかれ 邪悪な行為 繰り返す








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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る

  

âsurîm vrttim âsritya
ghorâtmâ niranugrahah
nyahanan nisitair bânair
vanesu vana-gocarân
26-5




阿修羅あしゅらの如き凶暴な 思いに支配されし王
保護されるべき獣等けものらを 無慈悲に殺し続けたり







tîrthesu pratidrstesu
râjâ medhyân pasûn vane
yâvad-artham alam lubdho
hanyâd iti niyamyate
26-6




ヴェーダに於きて示されし 狩りにつきての項目は
厳しき規範 在りしなり 〔その王侯に相応しき
供犠の供物に供される 定められたる動物の
必須ひっすの数の内だけ〕と 不必要なる貪欲な
狩猟を固くいましめて その乱獲らんかくを禁止さる







ya evam karma niyatam
vidvân kurvîta mânavah
karmana tena râjendra
jnânena na sa lipyate
26-7




斯くの如くに人々は 真理 聖典よく学び
規制されたる行動を 規律正しくとるべきで
かかる見事な賢人は やがて英知が開かれて
世俗の闇に汚されず 見事な王になりぬべし










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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



anyathâ karma kurvâno
mânârûdho nibadhyate
guna-pravâha-patito
nasta-prajno vrajaty adhah
26-8




然れどもそと反対に 知と識別を失いて
悪しき行為を為したなば その悪行あくぎょう足枷あしかせ
低き地界に沈むらん





tatra nirbhinna-gâtrânâm
citra-vâjaih silîmukhaih
viplavo 'bhûd duhkhitânâm
duhsahah karunâtmanâm
26-9




森の中では彼方此方あちこちに 王が放ちし矢によりて
貫かれたる動物が 累々るいるいとして放置され
その痛ましき有様ありさまは 見る者達を嘆かせり





sasân varâhân mahisân
gavayân ruru-salyakân
medhyân anyâms ca vividhân
vinighnan sramam adhyagât
26-10




うさぎ 猪 バッファロー 野牛やぎゅう 黒鹿 やまあらし
供犠に適する動物や 相応ふさわしからぬ動物を
数多あまた殺せしプランジャナ さすがに疲れ 感じたり






tatah ksut-trt-parisrânto
nivrtto grham eyivân
krta-snânocitâhârah
samvivesa gata-klamah
26-11




飢えと渇きと疲労とで 狩りをする気を失いて
自宅に帰り国王は
沐浴 食事 休息で 全ての疲れ 癒したり



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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



âtmânam arhayâm cakre
dhûpâlepa-srag-âdibhih
sâdhv-alankrta-sarvângo
mahisyâm âdadhe manah
26-12




狩りの疲れを癒したる 王は身体からだ白檀びゃくだん
くまなく塗りて香り立て 花冠はなかんむりを始めとし
華麗な装具 身に付けて おのれが王であることの
権利を履行りこうせんとして 王妃に会いに出かけたり





trpto hrstah sudrptas ca
kandarpâkrsta-mânasah
na vyacasta varârohâm
grhinîm grha-medhinîm
26-13




カーマの神にせられし 尊大にして高慢な
王は王妃の美しき 腰はあたかが物で
“当然 権利あるはず”と 王妃の気持ち はからずに
素直な妻(バラモンの妻の如)誤謬ごびゅうして 心はずませ出かけたり






antahpura-striyo prcchad
vimanâ iva vedisat
api vah kusalam râmâh
sesvarînâm yathâ purâ
26-14




プラーチーナバリ帝王よ 遠慮しがちにプランジャナ
後宮付こうきゅうづきの女官等に 斯くの如くに訊ねたり
〈〈ああ美しき女性等よ かつては王妃同様に
さも楽しに快活に 日々を過ごせしそなた等が
誰かに侮辱されたか?と 案じるほどのかげりよう










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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



na tathaitarhi rocante
grhesu grha-sampadah
yadi na syâd grhe mâtâ
patnî vâ pati-devatâ
vyange ratha iva prâjnah
ko nâmâsîta dînavat
26-15







以前の如く耀かがやかぬ この宮殿に何事か
不吉なことが起こりしや? 優しき母の姿無く
夫を神と考える 妻も不在のこの家は
まるで車輪の無き馬車で 賢者を待遇する如き
不遇ふぐうさまとなりぬべし 座す場所も無きあばら家に
如何いかで王たるこのれが かかる暮らしが出来ようぞ





kva vartate sâ lalanâ
majjantam vyasanârnave
yâ mâm uddharate prajnâm
dîpayantî pade pade
26-16




数多あまたの危険 押し寄せる 厳しき海で溺れても
いつもその手を差し伸べて 良き方策を指し示す
知恵ある妻は今何処いずこ? 吾が来たるに何ゆえに
走りて姿 見せざるや?〉〉





râmâ ûcuh
nara-nâtha na jânîmas
tvat-priyâ yad vyavasyati
bhûtale niravastâre
sayânâm pasya satru-han
26-17





妻に付き添う侍女じじょたちは 斯くの如くに申したり
〈〈おお妾達われたちもその思惑わけを 何も存ぜぬ始末にて
王に寵愛受けられし 王妃がなぜに斯くのごと
夜具やぐも敷かずに裸体らたいにて じかに大地に寝らるのか…
おお勇猛な大王よ とくと御覧ごろうじなされませ〉〉〉






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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



nârada uvâca
puranjanah sva-mahisîm
niriksyâvadhutâm bhuvi
tat-sangonmathita jnâno
vaiklavyam paramam yayau
26-18





ナーラダ仙は続けらる
〈地上に裸身らしん 横たえる 王妃を目にし大王は
始め当惑したものの 俗世の穢れ捨て去りし
修行の行者 髣髴ほうふつと させる王妃に 惹かれたり






sântvayan slaksnayâ vâcâ
hrdayena vidûyatâ
preyasyâh sneha-samrambha-
lingam âtmani nâbhyagât
26-19




王が静かに近寄ると 王妃の眼には怒り無く
彼をいとしむ心情が にじみているを認めると
心打たれて今までの 己れの行為 反省し
優しく甘く 語り掛く







anuninye 'tha sanakair
vîro 'nunaya-kovidah
pasparsa pâda-yugalam
âha cotsanga-lâlitâm
26-20




甘き言葉に熟達す 王は王妃の手に触れて
優しく愛撫 繰り返し やがて身体からだ羽毛うもうにて
くが如くにでさすり 斯くの如くに言いしなり











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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



puranjana uvâca
nûnam tv akrta-punyâs te
bhrtyâ yesv îsvarâh subhe
krtâgahsv âtmasât krtvâ
siksâ-dandam na yunjate
26-21





プランジャナ王 斯く述べり
〈〈おお美しき御方おんかたよ 不信心ふしんじんなる従僕じゅうぼく
罪を犯せし事あらば あるじやつ懲戒ちょうかい
厳しくとがむべきなりき 自分が為せし罪のごと
寛容な処置とることは その罪人ざいにんつみとが
消えゆく手立て失いて 罪の重みに苦しまん





paramo 'nugraho dando
bhrtyesu prabhunârpitah
bâlo na veda tat tanvi
bandhu-krtyam amarsanah
26-22




おお美麗なるご婦人よ あるじに依りて懲罰を
与えられたる下僕げぼくほど 幸せ者はほかに無し
この慈悲深き懲罰を 憤慨ふんがいしたる友あらば
その懲罰の意味知らぬ 愚かな者と言わざらん






sâ tvam mukham sudati subhrv anurâga-bhâra-
vrîdâ-vilamba-vilasad-dhasitâvalokam
nîlâlakâlibhir upaskrtam unnasam nah
svânâm pradarsaya manasvini valgu-vâkyam
26-23




おお美しき歯や眉や 愛と恥じらいみせながら
微笑む口と一瞥いちべつと 隆き鼻にてこの吾を
とりこにしたる貴婦人よ 暗青色あんせいしょくの垂れし髪
蜜蜂のごと腰を持つ 王妃よ是非にその姿態
甘く優しきその声で 吾に喜び与えあれ







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二十六章 プランジャナ 狩猟の規矩を破る



tasmin dadhe damam aham tava vîra-patni
yo 'nyatra bhûsura-kulât krta-kilbisas tam
pasye na vîta-bhayam unmuditam tri-lokyâm
anyatra vai mura-ripor itaratra dâsât
26-24




地上の神やバラモンが そなたに処罰与えたり
無礼働くことあらば おお英雄の愛妻よ
決して恐れ 心配を 抱かせることは無かりけり
御主おんしゅの帰依者以外なる ほかの者なら容赦なく
この三界を追放し 奴隷の如く扱わん





vaktram na te vitilakam malinam viharsam
samrambha-bhîmam avimrstam apeta-râgam
pasye stanâv api sucopahatau sujâtau
bimbâdharam vigata-kunkuma-panka-râgam
26-25




其方そなたの顔にティラク無く 化粧もせずに薄汚れ
不機嫌そうに苛立いらだちて 色艶なくし 不満げで
胸の谷間も湿っぽく 涙流れし跡ならん
赤き実のごと唇に サフランの香も色もなき
斯様な其方そなた 今までに 見たることなど無かりけり





tan me prasîda suhrdah krta-kilbisasya
svairam gatasya mrgayâm vyasanâturasya
kâ devaram vasa-gatam kusumâstra-vega-
visrasta-paumsnam usatî na bhajeta krtye
26-26




妃の従僕じゅうぼくでありながら 許しも得ずに 無慈悲なる
狩りに熱中することで 美しき妃を かに斯くも
嘆きの海に浸すとは… ああ罪深き従僕の
吾にしあれど 今一度 強く其方そなたを抱きしめて
夫の務め 充分に 果たしてなれを癒そうぞ〉〉〉



第二十六章 終了


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